シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

芸術家のタマゴを育てる町―アラプール(1)

 

 アラプールは、人口約1,300人の、外ヘブリディー諸島へ向かうフェリー基地にもなっている港町です。地理的には、HIEがあるハイランド地方の首都ともいうべきインバネスから西北へ車で2時間弱走ったところに位置しています。主要な産業は、港湾関係の諸事業、漁業、牧羊農業、そして観光業です。アラプールとその周辺の地域は、やはり人口減少地域となっています。1991年から2001年の10年間には約11.5%の減少率を記録していました。

 アラプールの場合、地域づくりの中心となっている組織は、アン・タラ・ソレイス(アラプール・ビジュアル・アーツ)です。それは各分野の芸術家たちが集う組織です。「ソレイス」は、訪問時には11名の委員会によって運営されていました。そして委員のほとんどが女性だったのです。代表はこの組織の創設者でもあるバーバラさんという女性がつとめていました。

 活動の中心は、自分たちが創作した作品の展示会を開催することです。元診療所だった建物が彼ら、彼女らの活動拠点となっています。そこには展示場もあります。1990年代後半にアラプールの診療所が新設されることになり、「ソレイス」が既存の施設を利用するようになったのです。バーバラさんたちはそのためにカウンシル当局とねばりづよい交渉を行ったそうです。

 ではなぜ芸術家の人たちが過疎化している港町に多く暮らしているのでしょうか。話を聞いてみると、彼ら、彼女らはそれまでの都市での生活を見限り、アラプールやアラプール周辺のコミュニティに移り住んだ人たちということでした。話によれば、非常に忙しく緊張を強いられる都市生活を逃れ、アラプールのような静かで穏やかな生活がおくれる地方に移ってくる人が増えているそうです。

 アラプールから約11.5キロ離れたところにあるコミュニティはほとんどがそうした人たちが暮らしている所になっているとのことでした。そのコミュニティは、1900年代前半には約350人の人たちが住んでいたといいます。しかし、人口流出がつづき、1950年代にはたった1家族だけが暮らすだけになってしまったというのです。そして終にはその家族もそのコミュニティを出てしまいました。

 ところが60年代に入ると、忙しい都市生活に嫌気がさした人たちや大学をドロップアウトした人たちが移り住みようになっていきました。その話をしてくれた方は、1982年にそのコミュニティの住民になったそうです。そのときコミュニティの住民数は42人だったそうです。それが、私たちが訪れたとき(2009年)には、約100人にまで増えていたのです。

 私たちが驚いたのは、その移住の形でした。そのコミュニティでは、移住者たちは私たちから見ると勝手に土地を占有し、自分の家を自分で建てて移り住んでいるように見えたのです。話を聞いてみると、放棄され誰からもキチット管理されていないところではそうしたことが許されているというのでした。

 「ソレイス」は若手芸術家たちの支援・育成事業も行っています。若手芸術家たちの中には、世界各地から移り住んできた若者たちが含まれています。都市から移住してくる若者たちのなかには精神的に病んでしまった人や経済的に困難を抱えている人も多くいるのだそうです。ある戦地から来た女性の陶芸家に会うことができました。私たちが訪問したときに彼女の個展が開かれていたからです。その作品も驚くものばかりで、本物の銃を乱射して穴をあけた作品や、破壊され、歪んでしまっている作品、また人の心のとげとげしさを表現した作品などが展示されていたのです。

 そうした精神的に問題や困難を抱えていても、何らかの芸術活動にかかわっていれば「ソレイス」の支援を受けることができるのです。代表のバーバラさんは、かつて病院でカウンセラーとして精神的困難に苦しんでいる人のケアの仕事にたずさわっていたこともあり、そうした若者の支援活動においても中心的な役割を担っていたのです。物理的支援としては、「ソレイス」は将来の芸術家をめざす若者たちに、自分たちが所有している施設を彼ら、彼女らのアトリエとして1日100円程度という格安の料金で提供しているのでした。

 年間を通した「ソレイス」最大の行事は、毎年夏に開催される若手の芸術家育成を目的としたサマー・スクールでしょう。芸術家をめざしている若者たちが世界中から集まってくるそうです。過去に日本から参加した方もいたとのことでした。サマー・スクールには世界的芸術家が招かれ、若者たちの指導にあたるというのです。参加した若者たちは、合宿生活をしながら約1ヶ月自己の芸術活動に専念するそうです。ちなみにこの事業は、小さな港町であるアラプールに経済的に大きな貢献をすることになるのだといいます。

 

          竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン