シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

スコッチウイスキーと共に生きる島―アイラ島(1)

 スコットランドの伝統食物・料理の研究家であるアネット・ホープさんは、地域固有の食・料理と地域づくりとの関係に注目しています。アネットさんによれば、スコットランドには、「自己の伝統的な食物や料理を再発見し、再評価する動きがある」といいます。それは、経済的には観光業と密接に関係してもいるのです。というのも、食はスコットランドの歴史や地理との結びつきが強い世界だからなのです。

 観光の大きな効用のひとつは、日常世界を離れ、自分が暮らしているのとは別の世界に身をおくことによって、自分および自分が暮らしている世界を見つめなおすことができるということではないのでしょうか。そうした意味で、食はその土地の独自性を観光する者に凝縮する形で示してくれるものと言えます。

 スコットランドにおいては、今自分たちの社会の独自性にさらに意識的に磨きをかけようとする動きが強まっているのです。アネットさんは言います。「何世紀もの間、スコットランドは、人々の必要性やすばらしい素質に根ざした伝統をもった貧しい国であった。より豊かになるにつれ、新しい習慣や伝統が発展したが、常にイギリスのその他の部分とは異なる独自のアイデンティティを刻印してきた。……(その)アイデンティティ意識は1998年に認められた準自立的地位(独自の議会創設)によって強化されてきた。私たちは、今、伝統的な価値に対する非常に確たる熱意をみている」のですと。

 伝統的な食材や料理への関心の高まりは健康志向の増大とも関係しているようです。とくに「スコットランドは世界中で最も高い心臓病の割合を示しており、それはおおきくは伝統的に大産業都市と結びついた貧困な食事に起因している」とアネットさんは言います。そこに先にも言及しましたが、地域経済再生の動きが関わっているのです。

とくにスコットランド政府の観光局が健康に良い伝統食の重要性を強調しているというのです。結果的に多くの農家の方々が「喜んで観光事業に関わろうと」するようになっています。またスーパーマーケットの発展により焼失していた「農夫たちの市場」が復活してきており、「その数は急激に増加している」のだそうです。そしてそれは単に大都市近郊の地域にだけ起きているのではなさそうです。

 そこで私たちはスコットランドの離島のひとつであるアイラ島を訪問してみることにしました。社会的企業自然エネルギーによる地域社会づくりに関心をもっている同僚の提案によるものでした。アイラ島インナー・ヘブリディーズ諸島の南端に位置している島です。人口約3200人、大きさ620㎢の比較的大きな島です。日本の島と比較してみると、利尻島・人口約5400人・面積182㎢、宮古島・人口約55000人・面積159㎢、そして西表島・人口約2400人・面積289㎢を合わせた位の大きさの島、それがアイラ島です。その大さと比較すると、いかに人口が少ないかが分かると思います。

 アイラ島は人口と比較して広大な土地がありますが、その大部分が泥炭地であり、耕地条件としてはとても貧しいと言わなければありません。さらに気候条件も厳しいものがあるのではなかと思います。そうした貧しく、厳しい自然条件の中で、アイラ島の人々はその自然条件を逆手にとってスコッチウイスキーを生産することで生計を立ててきたのです。しかしそのスコッチウイスキー生産も、少し前までは斜陽化の傾向を示していたようです。ところが、現在、アイラ島のスコッチウイスキーは、その独自性と品質の良さで世界的に見直され、外国のウイスキーメーカーによる資本投資によって復活しつつあるのです。もちろんその中には日本のメーカーも含まれています。

 スコッチウイスキーはピート(泥炭)によって燻すことでスモーキーな香りがするウイスキーとして有名です。アイラ島のスコッチウイスキーはその中でもスモーキーさが際立つウイスキーとして独自性を創り上げてきたのです。泥炭地という不利な耕地条件から創造した極上の逸品です。

 1969年に出版されたスコッチウイスキーを紹介する本の著者であるデイビッド・デェイチェスさんはアイラ島のスコッチウイスキーを次のように描いていました。「初めて口にしたウイスキーアイラ島のスコッチウイスキーであったウイスキー初心者の人の感想が、まるでヨードを飲んでいる味がしたというものであった。それほどアイラ島のスコッチウイスキーはすべてのスコッチウイスキーの中でも際立って特徴のあるウイスキーなのである」と評していたのです。

 蛇足になりますが、現在ではピートによる香りと味付けを制御し、より万人に飲みやすいものも製造しているのではないかと思います。デイビットさんによれば、そうした際立った独自性をもつアイラ島のスコッチウイスキーは他のウイスキーブレンドすると、新しい、しかも非常においしいウイスキーを生み出すことができるのだそうです。世界のウイスキー会社は、アイラ島のスコッチウイスキーのその特徴に目を付けたのではないかと思います。

 アネットさんは言います。スコットランドは小さな貧しい国かもしれません。しかし、「スコットランドは、その小さな島の小さな国であるということから利益を得てきた」のですと。

 

          竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン