シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

フィールドワーカー作家宮沢賢治さん

 社会学者の目で宮沢さんの人生の歩みをたどっていくと、否応なく、宮沢さんという人は、フィールドワーカーであり、社会的実践者であろうとした人なのだなとつくづく実感します。それらは詩や童話の作家としても宮沢さんの特異性を構成するものとなっているのではないでしょうか。

 宮沢さんがよく読んでいたというアンデルセン童話やグリム童話の作家たちは、いずれも創作的童話なのだそうです。ただグリム童話の作家、「グリム兄弟はドイツ各地の農家を訪ねて歩き、古くからドイツに伝わる民話を、教養のない『農家のおばあさん』たちの口からじかに聞いて、それを書きとめ、いっさい手を加えずに(つまりアレンジをしたりせずに)出版したのだ、したがってこの童話集に収録されている話はいずれも純粋にドイツの昔話であると」、長い間信じられてきていたのだそうです。

 そう指摘しているのは、『グリム童話』(講談社現代新書)の著者である鈴木晶さんです。さらに鈴木さんによれば、そうしたグリム兄弟の童話創作に関する信仰は、その後の研究によって全くの神話であったことが明らかにされてきたと言います。庶民に伝わる昔話の収集と記録というグリム兄弟のフィールドワーク伝説は全くの虚構だったのです。

 そのことに比べると、宮沢さんの詩や童話創作法は、正真正銘のフィールドワークの賜物です。しかも宮沢さんのフィールドワークは、出会った自然と心的交流をするフィールドワークであるという特異性をもっています。

 宮沢さんはそのことを希求する気持ちが強かったにもかかわらず、人との関係性の中に身をおくよりも、ときにはその関係性から逃れるように自然との関係性に浸ってときをすごすことを好んでいたのではないかと感じます。

 そして自然との心的交流の中で自分の心空中に生じてくる心象風景をことばとして表現することを楽しんできたのではないかと思います。さらに、特徴的なことは、将来ある科学的な仕事につなげるためにそれらの心象風景を事実事象として忠実に記録しようと努めようとしていたということではないかと思います。

 高等農林学校のときには友人たちとの徒歩による小旅行や登山など、そして農学校の教師時代にも生徒たちとの自然散策や学校行事での旅行行事などで、高等農林学校卒業後の時期には恩師について岩手県各地の土性調査のためのフィールドワークなど、さまざまな形で宮沢さんは自然と触れ合うフィールドワークを経験してきているのです。

 さらに、それらに東北砕石工場のセールスマンとしての旅が加わることになるでしょう。しかも、それらの際には、常に折に触れた気持ちを作品にするため、自分の心象を記録するための手帳を携帯していたのです。このことも宮沢さんがフィールドワーカーであったことの証となっているのではないでしょうか。

 そうしたフィールドワーカー作家としての宮沢さんの歩みに、より興味を惹かれるようになったのは、渡部芳紀さんの『『宮沢賢治』名作の旅』に出会ったことによります。とくにその中の、「なめとこ山を歩く」にある「なめとこ山の熊」の作品に出てくる地名考の紹介が印象に残っています。

 渡部さんは、「『なめとこ山の熊』に出てくる大空の滝を見たいというのは私の長年の念願だった」そうです。そのため、渡部さん自身がある意味でのフィールドワーカーになり宮沢さんのその作品の舞台となった地を旅するのです。その結果、次のように言えるのだそうです。

 「『なめとこ山の熊』の舞台は複合されたものである。作品をそのままぴったり当てはめることができる舞台があるわけではない。けれども、なめとこ山といわれる山も、中山街道も、鉛温泉も大空の滝も、小十郎が死んだ白沢の尾根も実在する」のですと。

 このように、宮沢さんの作品は、体験したことそのままではなく宮沢さんの心象というプリズムを通して創作し直されたものという側面はあるのですが、宮沢さんのフィールドワークの体験にもとづいて創作されていると言ってよいのではないでしょうか。

 そのことで、宮沢さんの作品は、それを鑑賞するものにとって実際宮沢さんが歩いたフィールドワークの足跡を追体験するという楽しみに誘ってくれるという魅力があるのではないでしょうか。

 自分のすべての人生をかけて、仏国土建設の夢を追いかけた宮沢さんが、その地として選んだのは自分が生まれ育った岩手という地でした。しかし、宮沢さんは初めから岩手の地で仏国土建設をしようとしたのではありません。はじめは、国柱会の一員となってそれを実現しようとしたのです。

 ではどのようにして宮沢さんは自分の夢であった仏国土建設の地としての岩手という地に出会ったのでしょうか。そして岩手という地をどのようにとらえていったのでしょうか。またまた大きな興味が湧いてきました。

 

                  竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン