シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

宮沢賢治さんのこの世の極楽浄土世界探究の旅路(8)

  古代人の観念によれば、死後に三途の川を渡るのではなく、東または西に向けて空を飛んでいくのだそうです。しかも、「死者が西に向かうのは、浄土が西に向かうのは、浄土が西にあるためではなく、太陽神に導かれて西に向かった魂は海底の穴を抜け、あの世の東から日の出とともに海上を歩いて祖先の住む裏側の世界の島に着くため」だったのです。東に向かう死者の魂も同様です。このように、東西に向かう死者の魂は、古代人にとって最高神によって導かれ、祖先の魂の住む島に着くものと信じられていたのです。沖縄の先島社会では、その島とは、池間島と信じられていたようです。そのために、池間島は、地域の人たちから、永遠の楽園かあつ理想郷で、神聖な島とも考えられて来たといいます。

 ここまで松居さんの古代人の宇宙観を参照してきましたが、死後の世界に関する観念が非常に多様であることに驚きました。宮沢さんの詩後の世界に関するイメージも個性的で、ユニークだったのではないかと推測できます。言えることは、宮沢さんの死後の世界観については、日本における山岳信仰の影響を受けていたのではないかと考えられるのではないでしょうか。山岳信仰の影響を受けて生活していた庶民たちは、死者たちは近くの山にゆき、そこで祖先神になり、続く世代の人たちの安心、安全、平和と豊穣、そして幸せを願っていたと考えられていたと言われてきました。死後死者たちは、往生し、山に登り、祖先という神となると信じられていたのです。そう言えば、宮沢さんの詩や童話の文学作品では、登場人物他は、死後ほぼ決まって天空の方向を向かっていたのではないかと思います。地底やましてや地獄に向かう場面はほぼ無かったと思います。そうしたことに、宮沢さんの死後の世界観の特徴が示されているのではないかと考えられるのです。

 ここまで、終活の一環として、宮沢賢治さんの文学作品をどのように読みすすめたらよいかにについて考察を進めてきました。その結果、ようやく自分オリジナルな読み方で宮沢さんの文学作品に向き合うことができるのではないかという所までいきついたと感じます。これからは、その読み方で、時間をかけ、じっくりと宮沢さんの作品に向き合っていこうとかんがえます。そこで、これまでのスタイルでのブログはここで一端終わりにしたいと思います。その代わり、新しいスタイルでの学びの旅日記を発信していければと考えています。それまで少し時間がかかると思いますが、再会お待ちいただければと思います。どうかよろしくお願いいたします。

 

                竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン