シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

2024-01-01から1年間の記事一覧

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(9)

終活の一環として宮沢さんの人生をフォローしていくことで、あらためて宮沢さんのすばらしさの一端にふれることができます。その中で、とくに、宮沢さんのすばらしさは、ただ単に自分の命を削ってまで地域の農民たちの窮状を救おうとしたという人間的な立派…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(8)

ここまで思いつくままに宮沢さんがめざした仏教の教えとは何かについて見てきました。その中で、宮沢さんがめざした仏教の教えの特徴をもう少し体系だって理解するためにはどのような視点で見ていけばよいかという思いが浮かんできました。 とくに、その視点…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(7)

この世に生きている個人が、仏教の教えを修得し、この世に極楽浄土的世界を創造することができるというような教えが、既成の仏教の教えの世界にあるのかな、と思っていたところ、青山俊董さんの『泥があるから、花が咲く』という本に出会ったのです。 青山さ…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(6)

ところで、宮沢さんの、自分は塔を建てる者であるとの矜持はどこから出てくるものなのでしょうか。結論から言えば、この世における「釈尊常在」の『法華経』の教えではないかと推測します。釈尊さんが存在するところ、それは極楽浄土なのです。それは、宮沢…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(5)

宮沢さんが、宗教家に求めたものは、宗教家は芸術家であれ、とくに自分の人生の芸術家であれ、ということではなかったかと感じます。そのためには、自分の「苦」から逃れることばかりを考えるのではなく、自ら「苦」を引き受け、それを乗り超えることで自己…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(4)

宮沢さんに関心をもったことでまだ数は極めて少ないのですが、仏教関係の文献を読んできた限りで言えば、仏教がめざしている「抜苦」における「苦」の捉え方に宮沢さんの仏教に向き合うユニークさがあるように感じます。 例えば、「苦」の原因を、「仏教の思…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(3)

社会学的に見ると、社会における日常生活の中での自他の感情交流における他者の目の内面化よって形成される自我は、それゆえ、自己内自己と自己内他者との関係構造をもっています。すなわち、自我とは全くの個人的な、または個体的なものではなく、自分の内…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(2)

いわゆる煩悩と言われていることを、一般的に見たとき、まず念頭に浮かぶのは、生物学的自己保存本能に関連することがらのように思います。例えば、生きるための食欲や子孫再生のための性欲を含む(いわゆる縄張りを意味する)占有欲や怒りの感情にもとづく…

宮沢賢治さんがめざした仏教の教えとは(1)

終活の一環として宮沢さんの作品や人生に興味をもったことで、それまで手に取ったことにない多くの文献や、それまで全く関心をもたなかった宗教関係の文献にも接することができ、多くのことを学ぶ機会をえていることに喜びを感じます。とくし、なるほどそう…

宮沢賢治さんがめざしたこの世の極楽浄土像とは(4)

宮沢さんの農民芸術論に関して、社会学的に見てさらに興味惹かれる議論は、「農民芸術の産者」および「農民芸術の批評」論です。なぜならば、それらの議論を社会づくりという視点で見るとき、宮沢さんが何をめざしていたかを明らかにしてくれているからです…

宮沢賢治さんがめざしたこの世の極楽浄土像とは(3)

宮沢さんの筆による浮世絵の通信販売のための広告文で、社会学的に興味を惹かれるのは、日本の古きよき時代の風俗・風習を再興したいとの気持ちが表現されていることです。その文章は次のようなものです。少々長い引用となるのですが、宮沢さんが極楽浄土建…

宮沢賢治さんがめざしたこの世の極楽浄土像とは(2)

宮沢さんは、浮世絵の中にこの世における極楽浄土の風景を見ようとしていたのではないでしょうか。そうした仮説の下で、宮沢さんが書いたという浮世絵の通信販売のための広告文を読んでいきたいと思います。 その広告文のタイトルは、「なつかしい伝統日本江…

宮沢賢治さんがめざしたこの世の極楽浄土像とは(1)

前回述べたように、宮沢さんは、厳しい自然との闘いを教訓に、自分が理想とした極楽浄土建設としての地域づくりの現状とその中での自分の役割について、「もう一度反省し、見直すところから出発」しようとしたと考えられます。そして、その結果、実際に実行…

仏教と倫理に関するジレンマと宮沢賢治さん(3)

宮沢さんは、あまりにも高い大乗仏教の理想とそれを自分自身で実践する道を進むためにその理想を実現するにふさわしい人間にならなければならないとの思い込みから、その理想的自我と、煩悩をもち、その理想を実現するにはあまりにも非力な現実の自我(自己…

仏教と倫理に関するジレンマと宮沢賢治さん(2)

末木文美士さんによれば、人と人との関係を、「善悪の判断」を基礎に律する道徳的「法」としての倫理には、自他関係における矛盾・葛藤・対立・闘争を避けることができないのです。末木さんは、そうした視点でさらに、宗教と倫理、具体的には仏教と倫理との…

仏教と倫理に関するジレンマと宮沢賢治さん(1)

ここまで主として1927年に宮沢さんが直面した試練に関する同年8月20日付の作品を参照してきました。ではその作業から宮沢さんに関する何を見出すことができるのでしょうか。この問いに対しては、以下の3点をあげることができるのではないかと思います。第一…

「藤根禁酒会へ贈る」

1927年8月20日の試練を経て、宮沢さんは、自然との闘いに関してはもはや自分の出る幕ではないと悟ったのではないでしょうか。1930年4月4日付の高橋武治さん宛の手紙の中で、宮沢さん自身、当時自分が傲慢であったことを告白しています。それは、次の手紙の文…