シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

宮沢賢治さんの文学の鑑賞法に関する一考察(2)

 これまで宮沢さんの文学作品は、単なる文学創作活動というのではなく、宮沢さんが生きていた郷土および郷土の人たちの窮状を救い、さらにそうした条件下であっても郷土に極楽浄土の世界を築こうとする人生目標を成就するための道の探究でもあったということを考察してきました。これからは、そうした宮沢さんの、一般的には文学作品と呼ばれてきた作品をどのような視点で鑑賞したらよいか、そのことに関して考察する作業を進めていければと思います。

 結論から言えば、宮沢さんの作品は、二重の意味でパロディ的という性格を有しているのではないかという仮説を立て、上述の今後の作業を進めていこうと思います。ここで使用するパロディとは、「現実の生活現実や現象、または既存の作品を素材として用いるか参照しながら、作家の感性や想像力を交えることで新たな意味や表現を生みだそうとする手法」であると理解して使用することにします。

 この仮説で宮沢さんの作品を鑑賞しようとする場合、まず問題になることは、宮沢さんの作品群は文学作品として鑑賞してよいかという問題が浮上してきます。それは、とくに宮沢さんの童話作品について言える問題ではないかと思います。なぜならば、日本の庶民によって語り継がれてきた「物語」や言い伝え(「伝説」)に関しては文学作品と呼ぶべきではないという主張があるからです。その主張は、「オシラサマ、竃神、鉱山の金牛伝説や発光伝説、恐山など」の東北の民俗に関する多くの著作を著している民俗学者内藤正敏さんによるものです。

 例えば、内藤さんは、オシラサマの言い伝えに関して次のように論じています。すなわち、「東北のオシラ祭文は、『馬殺し・馬皮と娘の昇天・蚕への化成』という『捜神記』型の話を中心に、前半に馬と娘が恋をする『馬娘婚姻譚』をつけ、後半に蚕が四眠して脱皮成長する養蚕作業をつけて構成されていることがわかる。つまりオシラ祭文は、『馬娘婚姻譚』+『捜神記型の馬殺し』+『蚕の脱皮成長(養蚕)』で成り立っているのである。」

 そうした「オシラ祭文は、馬と娘が結ばれ、馬が殺されるというストーリーから、馬と娘の物語とか怪奇な物語と、文学的にとらえられがちである。しかし、オシラ祭文は、オシラサマという神の由来を説く祭文であり、けっして文学や文芸としてとらえるべきではない。」のですと。

 そう言えば、宮沢さんも、自分の作品をはじめて世に問い、社会的には詩集と受け止められた『春と修羅』を、詩集ではないものと考えていました。では、一般的には詩集とされている『春と修羅』をはじめとする宮沢さんの詩と呼ばれている作品群を、宮沢さんはどのようなものとして創作していたのでしょうか。その問いにあたためて向き合わなければならないように感じます。

 また、宮沢さんは、自分の作品の創作にあたっては、その領域における先達たちの作品から多くを学んでいたと言われています。しかも、それら先達の作品を手本とし、それを自らの心象スケッチ法という創作法によって新たな作品を創作するという形で自らの作品を産みだしていたようにも感じるのです。そうした思いは、すでに言及した文献ですが、石寒太さんの『宮沢賢治の俳句 その生涯と全句鑑賞』(PHP研究所、1995年)に出会ったことで生じたものです。この文献には「自炊子の烈火にかけし目刺かな」という作品をめぐって次のような指摘がありました。

 「いい句である。よく景がみえてくるし、鮮やかに熾る火、その上の小さな目刺。わびしい自炊子の生活がよくみえてくる」。しかし、「全集の校異によれば、この句は、文語詩の詩稿の上に重ね書きされた句であるという」。そして、「この句も賢治作と決めきれない」とです。さらに、石さんによれば、後に、「この句は、はっきりと賢治作でないことが判明した」のです。この句は、「山梨県東八代郡出身の医師で俳人」であった石原鬼灯さんの作品だったのです。

 こうした事実から、石さんは、宮沢さんにとって主眼はあくまで詩にあって、俳句はその自らの詩の作品の詩情を文学作品としては最も短い17音で表現するための試みとしてあったのではないかと推測していたのです。

 そして、この石さんによる指摘は、宮沢さんの詩や童話の作品の創作法にも当てはまるものなのではないかと感じるのです。すなわち、宮沢さんの文学作品は、その作品にとっての手本、またはモデルとなるような作品があり、その作品から何らかのヒントやモチーフをえながら、自らの心象スケッチ法という創作方法を駆使して、新たな作品を創作することによって生みだされていったのではないでしょうか。この仮説で、これから少しの間、そのことを全面的行うことはとてもできませんが、宮沢さんの作品を読み直してみようと思います。

 

                 竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン