シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

宮沢賢治さんの心象スケッチ考(5)

 今回は、前回取り上げた島崎さんの詩集の「序」であった「早春記念」という作品を下敷きにして、宮沢さんの詩や童話創作のモチーフとは何であったのかを推察していければと思っています。

 島崎さんは、その自分の詩集の序である「早春記念」の中で、「わが歌ぞおぞき苦闘の告白なる」と記しています。新しい時代の流れの中で、新しい精神と芸術(文学)を創造したいとしながら、一方で、そのために「おぞき」と感じざるをえない苦闘を、自己の人生の中で島崎さんは経験していたのだなと驚きました。詩歌を創作することは、島崎さんにとってそうした人生上の「おぞき」体験から、「われを身と心とを救」うための活動でもあったのだということにも驚きました。詩歌は、単に例えば自然美を感動的にことばによって表現するというだけでなく、自分自身の内面の苦闘を告白するものであったということを、島崎さんの「早春記念」によって知ることができました。

 宮沢さんの、とくに詩には、自らの「おぞき」心との苦闘の過程が綴られているように感じます。宮沢さんにとって、詩や童話を創作することは、人間をも含む自然の中に内在している悪魔との闘いの記録だったのではないかという気がするのです。そして、そのことを最も明確に表明するものこそ、いわゆる「雨ニモマケズ手帳」だったのではないかと推測します。自分自身に自然に内在してくる悪魔と闘い、清浄なる、または聖なる人物となる、そしてそのことによって仏国土を建設するにふさわしい自己に生まれ変わる、それが、宮沢さんの悪魔との闘いだったのではないでしょうか。その際、闘う対象は、単に現生の自己との闘いというだけでなく、それは宮沢さんにとっては、前世における自己の悪業との闘いでもあったようなのです。驚きです。

 いわゆる「雨ニモマケズ手帳」とは、自分の最後を覚悟した宮沢さんが、それまでの自分の人生を振り返り、自分は何をめざし、そのためどのような人物になろうとしてきたか、しかし現実にはどのようなものとなってしまったか、そのため今後どのように生きていったらよいかについて熟慮し、記録に残そうとしたものだったのではないかと考えられます。そして、その中心的なテーマが、人を穢れさせ、不幸をもたらす悪魔と自分はいかに闘い、しかし十分には闘いきれなかったか、そのことを反省し、今後どのように生きるべきかについて探究することだったのではないかと思うのです。

 これまで参照してきた宮沢さんの全集に掲載されている「雨ニモマケズ手帳」の鉛筆書きとされている83・84頁の記述は以下の通りです。

 「賢 聖 軍

   破 煩 悩 魔

   破 五 藴 魔

 

   破 死   魔

  凡 愚 者

  在 諸 魔 手 中」

 この「雨ニモマケズ手帳」の83・84頁の記述を見れば、宮沢さんが、自分は思いとしては、賢聖軍の一員として、さまざまな悪魔との闘いをめざしていたことを示しているのではないかと思います。しかし、この手帳の他の頁の記述を見ていく限りにおいては、その闘いは決して順調なものだったとは言えなさそうです。むしろその闘いの中で、悪魔の誘いに誘惑され、修羅の状態に落とされてしまったとの反省が告白されているように思います。

 

                  竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン