シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

観光地化に成功した竹富島

 地理的移動の旅と重ね合わせて自分の人生の旅を歩む人も少なくないのではないでしょうか。その地理的移動の旅は、観光やビジネスではなく、本人が意識しているかどうかは別として、自分の人生探しの旅という意味です。現代社会は、多くの人たちが自分の人生探しの旅にでざるをえないと言えます。なぜならば、現代社会は、安定した成長基調にある社会ではなく、かつてなく動揺性、不安定性、そしてリスク性が強まっている社会だからです。自分が望むと望まないにかかわらず自分の人生を探す旅にでざるをえないことは誰にでも起こる、それが現代社会です。

 石垣島を中心とした八重山地方は、そうした自分の人生探しの旅人が多く訪れる地のひとつではないでしょうか。私は2007年2月ごろフィールドワークのためにはじめて八重山地方を訪れました。八重山地方のひとつの島である竹富島社会について知りたいということが訪れた理由です。

 社会学の分野では、竹富島は独自の地域づくりを実現した島として有名でした。沖縄の日本への復帰後、怒涛のように押し寄せてきた本土の開発資本による土地買い占めを住民の方々の力で阻止し、自分たちの力で独自の景観をいかした観光地化に成功していたのです。赤瓦の屋並と白いサンゴ礁の小道という色彩的に美しいコントラストの生活空間の景観が観光客を楽しませていたのです。人口約300人の小さな島に、当時すでに30万人をこえる観光客が押し寄せていました。

 竹富島をフィールドワークで訪れたもうひとつの理由は、うつぐみという竹富島独特の生活文化を知りたいと思ったからです。うつぐみという生活文化は、島民の方々が、支え合い、助け合い、協力一致して自分たちの生活を築いていこうとする文化です。観光地化が進む中で、そのうつぐみという生活文化がどのように変化していこうとしているのか、社会学にとってとっても興味あるテーマだったのです。

 竹富島滞在中は、いつもある民宿を定宿としています。毎年、2~3月ごろに竹富島を訪れるようになるのですが、そのことで貴重な体験をすることができました。そこでは、大体同じ時期にその民宿に泊まりに来ている人たちと出会うようになったのです。その人たちは、いわゆる1回かぎりの観光客の人たちとは違って、定期的に八重山地方を訪れ、しかも大体同じ宿に泊まっている人たちだったのです。中には、かなりの頻度で八重山地方を訪れていました。その方々が、なぜそのような形の訪問をしているのか、ぜひ知りたいと思うようになっていきました。

 

     竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン