シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

エンゲルスさんの「イギリスにおける労働者階級の状態」を読む(2)

 エンゲルスさんの「イギリスにおける労働者階級の状態」という著作をどのような問題意識で読んだらよいのでしょうか。社会学の視点から言えば、第一に、「労働者階級の状態」の科学的研究の成果と「資本主義社会の変革主体形成」という社会づくり的課題の間の溝をどのように埋めて行けばよいのかという問題意識が浮かびます。第二には、そのことに関連するのですが、「資本主義社会の変革主体」とはどのような内容の主体なのだろうかという問題意識が導かれます。

 まずエンゲルスさんが「労働者階級の状態」をどのように把握していたのか、その点を確認しておきたいと思います。結論から言えば、「健康」、「教育」、そして「道徳」という人間の肉体的・精神的生活において徹底的に人間性がはく奪され、動物的生活状態へと貶められている状態と捉えていました。

 それは、なりよりも「実生活での立場の不安定、賃金によるその日ぐらしの必要」から生まれる貧困と困窮の極限化が進むという「労働者のプロレタリア化」によるものです。そして、エンゲルスさんによれば、そのことから生まれる生活状態とは、「他のどんな生活よりも退廃的なもの」となっていくのです。

 その例としてエンゲルスさんは、カーライルさんの「木綿紡績工」に関する描写を、「イングランドの全工業労働者にあてはまる」としてあげています。その描写とは、

 「木綿紡績工にあっては、仕事はきょう景気がよくてもあすは悪くなる――不断の賭博である。また彼らは賭博師のように、きょうはぜいたくにくらしていても、あすは飢えのなかにくらす。人間の胸にやどることができるもっとも悲惨な感情である。犯罪で反抗的な不満が彼らをむしばんでいる。全世界をふるわせ、揺り動かし、プロテウス〔変幻自在の姿と預言力とを有した海神〕のような得体のしれない力をもった蒸気力で、イングランドの商業は魔力のように、彼らすべての道を不安定なものにしてしまった。人間にあたえられた第一のめぐみである冷静、堅実、沈着な持久力は、彼らには無縁である。……この世は彼らにとってはけっしてなつかしいすみかでなく、ばかげた不毛の労苦、反乱、いきどおり、自分自身と全人類にたいする憤まんのあふれた、かびくさい牢獄である。それは神がつくり統治している、緑ゆたかな、花咲きこぼれる世界であろうか?それとも悪魔がつくり統治している、硫酸煙や木綿塵、酔っぱらいさわぎや憤激、労働苦に満ちた、隠然と燃えるトベテであろうか?」というものです。

 このエンゲルスさんが取り上げたカーライルさんの「木綿紡績工」に関する描写は、歴史的、古典的遺物と言って無視すればよいものではけっしてなく、私たちが生きている現代社会における生活環境の状態を、ずばり言い表しているといっても過言ではないように感じます。またこれは、宮沢さんが彼が生きていた時代の百姓たちの生活に見ていたものをも表現している描写なのではないでしょうか。そのように感じます。

 そして、エンゲルスによれば、こうした「不安定」な生活環境から、プロレタリア化した労働者たちの「退廃的」な生活状態が生まれていくのです。エンゲルスさんは言います、

 「彼らは(不安定な生活環境という)運命に身をゆだね、運命とたわむれ、外面的にはすでに失った確固たるよりどころを内面的にも失い、漫然と日を過ごし、ジンを飲み、娘の尻を追いまわす。……彼らは動物である。……まさに『悪徳の急速な増加』に主として貢献しているので」〔( )内は引用者によります。〕すと。

 プロレタリア化した労働者の人たちがそうした「退廃的」な状態に陥ることで、さらに、彼らは社会秩序、そして社会を形成する力を内面的にも喪失していくことになるのです。そのことに関するエンゲルスさんのことばに耳を傾けておきたいと思います。エンゲルスさんは言います、

 「労働者の欠点はおおむねすべて、享楽欲に自制がなく、先見の明に欠け、社会秩序への適合が十分ではないこと、要するに目先の享楽をもっと先の利益のために犠牲にすることができないことに帰せられる」のですと。

 「社会秩序の無視は、その極端な例である犯罪においてもっともはっきりあらわれる。労働者を堕落させる原因が通常よりも強力に、集中的に作用すると、水が列氏八〇度で液体から気体にかわるのと同じくらい確実に、彼らは犯罪者となる」のです。

 「労働者はまさに水のように意志のない物体となり、また水のように必然的に自然法則にしたがう。……そのため、プロレタリアートの増大とともに、イングランドでは犯罪も増加した。そしてイギリス国民は世界でもっとも犯罪的な国民となった」のですと。

 そうだとするならば、そうした自然法則のように犯罪者となっている状態に陥っている労働者階級の人がどうして資本主義社会を変革し、新たな社会の形成主体となりえるとエンゲルスさんは論じるのでしょうか。

 

                  竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン