シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

エンゲルスさんの「イギリスにおける労働者階級の状態」を読む(1)

 宮沢さんは、「ポラーノの広場」という作品において、自分自身の仏国土建設という夢をファゼーロさんたちの産業組合づくりに託すことができたのでしょうか。その問いに答えていくことは、宮沢さんがどのような根拠をもってファゼーロさんたちこそ仏国土建設の担い手に相応しい存在であると考えるようになったのか、その謎を解いていくことにつながっているように感じます。

 宮沢さんの仏国土建設に関する問題意識に関して、社会学的視点で見て興味を惹かれることは、宮沢さんはその生涯において終始一貫して労働、宗教、科学、そして芸術という人間の生活活動の総合的再統合化の道の探究という問題意識をもっていたのではないかということです。

 ただ宮沢さんは、羅須地人協会の挫折までは、それら4つの生活活動領域の再統合化のための中心的な生活活動領域が芸術にあると考えていたのではないかと思います。しかし、羅須地人協会の挫折を契機とし、それに続き、自然災害との闘いや、東北砕石工場での仕事の経験を経る中で、「再統合化」の中核的な生活活動が生産労働のあり方(様式)にあるとの認識に変化していったのではないかと感じるのです。

 「ポラーノの広場」という作品にはその宮沢さんの認識変化が表現されているのではないでしょうか。そのように推測します。

 羅須地人協会の設立宣言書とも言える「農民芸術概論要綱」の冒頭部分で宮沢さんは次のように宣言していました。「曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた/そこには芸術も宗教もあった/いまわれわれにはただ労働が 生存があるばかりである/宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い/芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した/いま宗教家芸術家とは真善若くは独占し販るものである/われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ/いまやわれらには新たに正しき道を行き われわれの美をば創らねばならぬ/芸術をもてあの灰色の労働を燃せ/ここにわれら不断の潔く楽しい創造がある」というようにです。

 この宣言書に倣って「ポラーノの広場」という作品におけるファゼーロさんたちの産業組合づくりの宣言書を想像してみると、「いまやわれらには新たな正しき道を行き われわれの美しい労働様式を創らねばならぬ/美的労働様式をもてあの灰色の労働をもやせ/ここにわれら不断の潔く楽しい創造がある」というようになるのではないでしょうか。まさしく、「はえある世界」の創造へ向けた宣言がそこにはあります。

 そして、そのように書き換えてみた宣言書の精神は、まさしくエンゲルスさんの「イギリスにおける労働者階級の状態」において主張されていることに重なる資本主義社会における労働に関する認識から生まれてきているものであると感じるのです。

 そこで、ここで少し、エンゲルスさんの「イギリスにおける労働者階級の状態」ではどのようなことが主張されていたのか、そのことに目を向けて見ておくことにしたいと思います。

 その前に、まず「イギリスにおける労働者階級の状態」とはどのような書物であるのか、岩波文庫上下巻二冊(白129-0と129-1)の表皮における内容紹介に依拠して確認しておきたいと思います。

まず上巻には次のような内容紹介があります。「1842年、父親の経営するマンチェスターの工場で働き始めたエンゲルス(1820-95)は、資本家による苛酷な労働者搾取の現実を目のあたりにして、労働者の生活状態についての実態調査と研究を重ねた。本書はこの成果をまとめたもので、資本主義の原罪をあきらかにした労働者生活史の古典」が、「イギリスにおける労働者階級の状態」なのですと。

 下巻には、その著作は、「労働者階級の状態」を初めて科学的に解明し、労働者階級を「初めて資本主義体制の変革主体として」位置づけた「記念碑的著作」なのですと紹介されています。

 エンゲルスさんの「イギリスにおける労働者階級の状態」という書物はそうした内容の書物なのですが、この書物を著したエンゲルスさんの問題意識に関心をもったその後の社会学者を含む社会科学者たちにとっての大きな課題の一つが、科学的に明らかにされた労働者階級の状態とその状態からいかにして労働者たちは「資本主義体制の変革主体」へと自己形成を遂げて行くのかということについての、必然的論理と具体的な筋道の解明という課題となったのです。

 しかも、その課題はいまだ達成されていない、未完のなお現在進行形の課題となっているのではないかと思います。ただ現在の世間的な風潮では、そうした課題は幻の、歴史的遺物でしかないものとして、「とうの昔」に投げ捨てられ、忘れ去られてしまっている過去形の課題となっているのかもしれませんが。

 

                  竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン