シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

社会を変える若者たち

 今人間社会は大きな変化の時代を迎えていると言ってもよいのではないでしょうか。その背景のひとつは、市場がもはや飽和状態になっており、生産の拡大が人々の生活を豊かにし、人々に幸せをもたらすものではなくなっているということではないでしょうか。いやむしろさまざまな形で否定的な影響をもたらしているといってもよいかもしれません。

 もうひとつの背景は、経済的な豊かさを実現した社会では人口減少社会に突入しているということではないかと思います。こうしたことは私たちが生活している日本社会でも例外ではありません。そうした中今後日本社会がどのように変化していくのか注意深く見守っていかなければなりません。

 こうした時代状況の中でさまざまな社会問題や地域問題の解決に立ち上がる若者が数多く出現しているように感じます。「近頃の若い者は……」というのは若者たちに先立つ世代が若者たちにたいする嘆き・非難の昔からのことばだと言われています。しかし現代社会における「近頃の若い者は……」というセリフは若者たちにたいする彼らの感性と勇気、そして行動力への称賛と期待のことばになりうるように思えます。大麻座商店街で若者支援活動をしている橋本さんもそうした若者のひとりなのです。

 一般に社会問題や地域問題はいつの時代にも存在するものです。しかし経済のグローバル化にともなう格差社会の深化により、とくに1990年代の後半以降それらはより一層深刻なものとなっていると言えます。しかもそれらの問題を国や自治体などの政策や行政によって対処できていない状況がありました。橋本さんが取り組まれている社会に巣立つ若者の支援に関係して言えば、1980年代の初期の時期にすでに「失業の恐怖」をなくす次のような運動が呼びかけられていました。『地域づくりの教育論』という彼の著書の中で呼びかけを行ったのは財政学者の池上惇さんです。

 「社会のなかで、自己を豊かに表現し、人の意見がきちんと聞けて、そして、ばあいによったら、人からカネを集めて、世のなかのためにそのカネを使う、そういう能力をもった人間というものを、私どもはたえず世のなかに供給し、それを、働きつつ学ぶ人材として、社会のなかでたえず蓄積してゆく、そのことが社会全体の就業機会をになう運動というものをさらに発展させて、地方公共団体や政府を動かしてゆく、そのことによって、失業というものの恐怖から、社会を一歩一歩とうざける、という、こういう運動が必要になってきている」のですと。

 当時この主張を目にしたとき、その内容には共感したものの、実際には実現が難しいと感じました。というのも金儲けや金集めが上手い者は私的利益の追求に向かいやすいし、他者の痛みや苦悩に共感し助けや支援の手を差し伸べようとする者は金儲けや金集めが不得手なのではないかと思っていたからです。例えば宮沢賢治は自分を犠牲にしても他者の痛みや苦悩を放っておけず寄り添い助けようとしましたが、金儲けや金集めには罪悪感すらもっていました。

 金儲け・金集めの能力と慈善的・社会貢献的活動能力を兼ね備えている人が数多く現れるという風景を、当時は想像することができませんでした。その後80年代の後半期にはバブル経済の時代に突入し、私的利益追求の金儲け主義が蔓延し、私が感じていたことが現実のものとなっていったのです。個人化社会化へまっしぐらの社会となっていったのです。

 そうした中で、お金を稼ぐことができ、経済的・経営的才がありながらお金儲けに走らず社会貢献的事業に乗り出す若者たちが、今ぞくぞくと現れていることに驚きを禁じえません。今の若者なかなかやるなという気持ちです。例えば、IT企業の社長から病児保育の社会的起業家となった駒崎弘樹さんは、自分の著書、『社会起業家という生き方 社会を変えるを仕事にする』の中で、現在という歴史時代を次のように特質づけしているのです。

 「『社会を変える』を仕事にできる時代を、僕たちは迎えている」、「『自らの手で公共を作り出す』という新たな文化を創れるかどうか、その分岐点に来ているのだ」と。冷酷で殺伐とした現代社会でそうした若者たちが巣立っているということはなんと未来への明るい希望の光なのかということを感ぜずにはいられません。

 

     竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン