シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

スコッチウイスキーと共に生きる島―アイラ島(2)

 アイラ島はスコッチウイスキーの島です。私たちが訪問したときには8つの蒸留所がありました。アイラ島のすぐ隣には、やはりスコッチウイスキーの産地として有名なジュラ島があります。アイラ島は本物のスコッチウイスキーの島なのです。

 アイラ島に渡るためのフェリーターミナルのあるケングレグまではスコットランド最大の都市グラスゴーから車で3時間のところにあります。そこからアイラ島のアスカイグ港までフェリーで約2時間の船旅です。

 アイラ島到着後、バスで宿泊地となるボーモアという町に行きました。アイラ島にはフェリーの発着するターミナル港が二つあります。私たちが到着したアスカイグ港とアイラ島の縦長の部分のもう一方の港となるエレン港です。そしてそれら二つの港をアイラ島唯一の幹線道路が結んでいるのです。その幹線道路のほぼ中位にあるのがボーモアという町です。

 アイラ島でも多くの子どもたちや若者たちを目にすることができました。アイラ島到着のフェリーターミナルから宿泊地のボーモアまでのバスの中には多くの子どもたちが同乗していました。学校が終えて自分たちの家に帰っていくという様子でした。路線バスが子どもたちの通学バスでもあったのです。

 ボーモアまではほとんど人家がないバススットプで順々に一人二人と降りているという風でした。各バススットプには迎えの人が来ていました。その様子を見ていて、これだけ広い島なのですが、小学校は島に一つしかないこと、しかも島の端に位置しているのだなと思うのでした。

 滞在中多くの若者たちにも出会いました。アイラ島にある8つの蒸留所のうち、4つの蒸留所を訪ねたのですが、どの蒸留所でも若者たちが活躍していたのです。見学者と接する部門のほとんどは若者たちだったのではないかと思います。受付、施設内の見学ガイド、喫茶やレストラン部門の接客、そして施設内お店の販売員などなど、ウイスキーの蒸留所が若者の仕事の受け皿になっている様子を知ることができました。

 訪れた蒸留所の中のひとつであるブルイックラディ蒸留所はアイラ島のスコッチウイスキー再興の象徴的な蒸留所です。1994年に稼働を停止していましたが、2001年に復活しているのです。彼らの信念は、世界の人々は「画一化とブランド化」とは違った道の可能性を必要としているというものです。彼らがウイスキー生産で追い求めているものとは、世界で最も自然で、想像力をかきたて、知性を刺激し、楽しくてワクワクすることができるようなスピリットを創り出すことだそうです。

 そのために大事にしている哲学は、テロワールです。テロワールとは、土地を意味するフランス語からの派生語で土地柄とも言うべきものです。これまではワインなどの銘柄における、ワイン原料のブドウの生育地の地理、地勢、そして気候によって生み出される特徴を示すために使用されてきました。土壌、気候、地形、農業技術などが共通することによって、作物とその作物から生み出される製品に生産地特有の性格が生まれるのです。ただ生産規模をある程度大きくしなければ経済的利益が見込めないために、多くは原材料を自分たちの地域だけのものにするということはなかなか難しいというのが現状なのではないかと思います。

 ブルイックラディ蒸留所はそうした難しさのあるテロワールに、ウイスキー生産の分野で徹底的にこだわるという挑戦をしたいと考えているようです。ブルイックラディ蒸留所のそうした挑戦はよく人から「あなたたちは強迫観念に取りつかれているのではないか」と問われるそうです。そしてそれに「そうかもしれない」と答えるのだそうです。

 テロワールにこだわるために、彼らは8つのことがらが重要だと信じていると表明しています。その8つのことがらとは、アイラという地域、本物であること、大麦、スローであること、人、関係性、挑戦する習慣、そして職人魂です。本物であるということについては、例えば色づけのために人工物を使うことは決してしない。自然のままの熟成で色づけを行うことにこだわるということだそうです。

 もちろん原料となる大麦もアイラ産100%です。それだけでなく大麦を提供してくれる農家一人ひとりファーストネームで知っているだけでなく、それぞれの農家の個々の畑地とそれらの畑地から収穫される産物の特徴も、農家の人たちから話を聞き、把握しているというのです。畑地それぞれ、微妙ではありますが、土壌、風、水はけ、そしてミクロな気候の状況が異なることで、最終的に蒸留されたときに微妙な違いのあるウイスキーとなると言います。そのためブルイックラディ蒸留所では畑地それぞれから収穫される原料ごとのシングルモルトの蒸留を試みているというのです。

 ブルイックラディ蒸留所のテロワールへのこだわりは「半端ない」と言えそうです。しかし、そうしたミクロなまでのこだわりは、経営的に見てどうなのでしょうか。彼ら自身それははなはだ難しいと思っているようです。しかし、土地々々がそれぞれに相応しいドラマを創りだすことのほうが大切だと信じているのです。しかも、そうしたこだわりを評価し、認めようとする動きもあるようです。例えば日本のチョコレートメーカーのロイズがこの蒸留所のウイシキーとコラボした生チョコレートを製造・販売していることを知りました。見ている人はいるものだなと感心しました。

 またNHKアイラ島を取材し、紹介するBS番組を放送していたのですが、この蒸留所のアイラ島の植物を原料としたクラフトジンづくりを取り上げていました。それは、ザ・ボタニスト・ジンというブランドのジンで、製造担当者が植物学者の方なのです。番組ではその方のジンづくりを丁寧に紹介していました。さらに番組では、アイラ島の豊かな自然を守る若きレンジャーの活躍も紹介していたのです。一見すると不毛とも見えるアイラ島で新たな物語をつむいでいる人々がいることを知ることができまた新たな旅に出たいと思う気持ちが強くなりました。

 

          竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン