シニアノマドのフィールドノート

生き生きと生きている人を訪ねる旅日記です

スコットランドの地域再生戦略

 スコットランドではどのような社会づくりを目指しているのでしょうか。とくに地域間格差が深刻化している現代社会において、過疎化し、消滅の危機をも招きかねない条件不利地域での地域づくりはどのようになっているのでしょうか。またどのような理念や価値を大事にしているのでしょうか。そしてその担い手となっている方々はどのような人たちなのでしょうか。

 スコットランドは、イギリスの中でも地理的には北の僻遠の地に位置し、経済的にも貧しく、長い歴史的過程の中でイギリスの中心的地域であるイングランドの人たちに一段低く見られてきた地域であると言えます。そのためスコットランドの人々のイングランドに対する対抗意識は大変強いものがあります。そうしたスコットランドの中でも、さらに北の僻遠の地に位置しているハイランドを舞台に展開されている地域生活と地域づくりがどのようなものなのか、自分の目で確かめてみたいと思います。

 スコットランドのハイランド地方には、条件不利的地域の再生と地域づくりを支援する準行政機関であるハイランド・アイランド・エンタープライズ(高地・島嶼地方開発公社)、通称HIEという機関があります。その本部はハイランド地方の中心都市であるインバネスにあります。ここではそのHIEがどのような地域再生と地域づくりの戦略をもっているのかについて見ておくことにしたいと思います。

 ハイランド地方は近代化の初期の時期に大きく人口減少を招き、そのことによりローランドと比較しても大きく衰退していった歴史的経験があります。それは「ハイランド清掃」という歴史的出来事です。

 スコットランドでは、近代の始め、羊毛の大規模生産のためにかつての小作地が「囲い込まれ」多くの小零細経営の小作人たちが土地と生活を奪われ、追い立てられていったのです。そのため自分たちの土地から追い立てられた人々は都市に流入していくか、アメリカをはじめとする当時の新大陸の新天地に集団移住するかして、大量の人口流出が生じたのです。結果としてハイランドは、地域全体で見てみると経済的にも後退し、衰退していく地域となっていきました。

 そうした苦い歴史的経験を踏まえHIEが地域社会再生で重視したのは人口維持のための戦略でした。一般的に言えば、人口維持を目的とする地域づくりの基本戦略は経済活性化であるように思えます。なぜならば地域産業が衰退し、若い人たちが就く仕事がないために人口流出が起こり、過疎化が進んできたと考えられるからです。しかし経済活性化をめざす地域づくりが地域再生を可能にすることができるとは、必ずしも言えないのです。むしろ経済活性化戦略の地域づくりがより一層地域社会を衰退させてきたというのが歴史的真実なのです。「ハイランド清掃」こそ、その代表的な歴史的教訓だったのです。戦後日本における地域開発の歴史もそうした教訓に充ち満ちています。

 ではHIEはどのような戦略で条件不利地域の人口を維持しようとしているのでしょうか。その戦略は経済開発ではなく、社会開発主義というものです。それは、経済のグローバル化から取り残された地域社会におけるコミュニティを基礎に再生することを目指すという戦略です。コミュニティ・デブロップ・エンパワーメント戦略とも言われます。そして社会開発に成功すれば経済開発にもつながっていくと考えられているのです。HIEの中で社会開発の責任者をつとめていたクリストファー・ヒギンズさんはその戦略の目標を次のように話していました。

 「私たちHIEの社会開発の目的は、高地・島嶼地方に住んでいる全ての人が、自分たちの潜在力を最大限に実現する機会をもつようにすること、そして人口が集中する中心地から遠く離れて住んでいることによって不利益を被ることがないようにすること」なのですと。

 さらに解説するならば、HIEの社会開発の目的とは、ハイランド地方に住んでいる全ての人が、自分たちが属している社会から決して排除されることなく受け入れられ、日常生活に必要とする社会的支援とサービスを受けることできるようにすること、自分たち自身も何らかの形で社会参加することができるようにすること、そしてそれらを通じてその社会で当たり前になっている経済的・社会的・文化的生活を等しくおくることができるようにすることなのです。

 そうした目的をもつHIEの社会開発戦略のユニークさは、ハイランド地方の人々に対し、日常生活に必要となる社会的支援やサービスを提供する形にあります。誰が、どのような方法と形で提供するのか、そこに興味をもちました。

 

          竹富島・白くまシーサー・ジャンのいちファン